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2019/04/10

飲食事業を始めた経緯 9

霞ヶ関の省庁間では、人材交流が多く行われており、他省庁への出向はよくあることです。

 

 

自分は、外務省経済局のAPEC(アジア太平洋経済協力)室に2年間の出向となりました。

 

 

APECは、日本、米国、中国、ロシア、オーストラリア、ニュージーランド、東南アジア諸国、台湾などのアジア・太平洋の21の国・地域が参加して、域内の貿易の自由化・円滑化について話し合う会議です。

 

 

具体的には、民間企業の国境を越えた貿易や投資が活発に行われるように、各国の規制などを整理して、貿易の障壁とならないように調整を図ります。例えば、食品の原産地表示に関する規則がそれぞれの国によって異なって定められていると、輸出を行う企業にとっては、国毎に異なる書類を作成しなければならず、手間がかかります。もし、原産地表示に関する規則が共通化されていれば、余分な手間をかけずに輸出を行うことができます。

 

 

自分がAPEC担当であった2010年は、日本がホスト国でしたので、一年をかけて、全国で高級実務者会合や各種の大臣会合を開催し、その集大成として11月に横浜で首脳会議を開催しました。横浜では、当時の菅直人総理が日本のTPP交渉協議への参加を表明したことで注目を集めました。

 

 

首脳会議は、オバマ大統領、胡錦濤国家主席などが参加するとても大きな会議で、外務省に準備室が設置され、会場の設営や各国首脳のホテルの手配、警備などのロジ部隊も含めると200人近くのスタッフが数ヶ月前から深夜まで働いて準備を行います。

 

 

自分は、大臣会合の議題の設定や事前の各国との調整、大臣の発言要領の作成、首脳会議や大臣会合のロジの調整(例えば、会場のレイアウトや各国首脳の座席順の決定、各国からの会議への参加者数の調整など)を行っていました。

 

 

そうした中で、APECの目的は、民間企業の国境を越えた事業活動がより行い易くすることですので、民間企業の方の意見を伺う機会も多くありました。民間企業の方と接する機会が増えるに連れ、政府の役割はあくまで民間事業者の経済活動をサポートする立場であり、自分としては、いずれ自らが事業実施主体となりたいとの思いを、ここでも重ねるようになりました。

 

 

ただ、農水省でも外務省でも、霞ヶ関での仕事は毎日深夜過ぎまで働くことが当たり前の生活で、休日も多く出勤するなど、日々の仕事をこなすのが精一杯で、将来は何かをやりたいと漠然と考えても、具体的に行動に移すことはまだありませんでした。

 

 

APECには、貿易に関係する省庁、特に物の貿易を担当する外務省、経済産業省、財務省、農林水産省の4省庁が深く関わっており、仕事の進め方もこの4省庁と密接に協議をして、更に他の参加国との事前調整を行うことが鍵でした。

 

 

日本で開催するAPECには各省庁とも人材を手厚く配置したため、日本APECに関わった方々は優秀で人格的にも優れた方が多く、皆毎日遅くまで仕事をしていましたが、仕事の合間に冗談を言い合える雰囲気で、一体感を持って楽しく仕事を出来たのがよい思い出です。

 

 

また、外務省に出向したことによって、仕事で付き合う人の範囲も広がり、自分の視野もより広がることになりました。

 

 

(続く)


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